大統領と同じ名を持つ男、その名はコッポラ
映画の字幕には1行13文字で2行以内という暗黙のルールがあります。この字数が映像を観ながらでも理解できる許容範囲と考えられており、2時間ものの作品で1000~1500ほど使われているとか。スクリーンに表示されている字幕は要約されたもので、役者のセリフを一言一句翻訳しているわけではないのですが、洋画を観たとき、役者の言葉や言い回しは実際のところ何を言っているのだろうと気になった経験はないでしょうか。そうした映画の象徴的なセリフを炙り出し、STCの翻訳を愉しんで頂くための企画です。ちなみに筆者は英語力ゼロなので、訳文は同社の通訳によるお点前です。
記念すべき1作目は『ゴッドファーザー PART II』。みなまで言うなという感じの名作ですが、1でも3でもなく2を選んだのは、西部劇の撃ち合いで3数える間の1、2、ズドン!と相手の虚を突くような悪戯心から。
本作がアメリカで公開されたのは1974年。日本では漫画『サザエさん』や長嶋茂雄、田中角栄政権が終焉する一方、宝塚歌劇『ベルサイユのばら』、アニメ『アルプスの少女ハイジ』、そして永谷園の『あさげ』が登場した年です。アメリカではウォーターゲート事件でニクソン大統領が失脚。副大統領から繰り上げとなったフォードの名をミドルネームに持つ、フランシスコ・F・コッポラ監督によるシリーズ作『ゴッドファーザー』の2作目です。出演者はアル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、ジョン・カザール、ロバート・デュヴァルダイアン・キートン、そしてコッポラの実妹にして映画『ロッキー』のエイドリアン役が有名なタリア・シャイアですが、シルベスター・スタローンは本作のオーディションを落選済み。
アメリカ最後の天然色映画、アカデミー賞を席巻
いわゆる原作モノの映画化作品で、マリオ・プーゾのヒット小説が原作です。興行収入成績を塗り替え、アカデミー賞の作品賞、主演男優賞、脚色賞を受賞した前作からグレードアップ。続演としては初となる作品賞のほか、監督賞、助演男優賞、脚色賞、作品賞、美術賞を受賞しました。助演男優賞は本作から3人ノミネートされたことからも、あえてギャング映画風な言い方をすると、当時のアメリカ映画の「顔役」ともいうべき作品です。
映画史的な話題としては、テクニカラーで撮影された最後のアメリカ映画です。テクニカラーとは、赤青緑のフィルターで同時に撮影し、1つのフィルムにまとめる彩色法で、現代のデジタルフィルムとは一味違う色味が楽しめます。昔の日本映画では「総天然色映画」と謳われていたことが懐かしい。
撮影を担当したのは前作に続いてゴードン・ウィリス。後に携わるウッディ・アレンの映画『マンハッタン』でも生かされる漆黒の画作りが特徴です。ギャング映画ということでフィルム・ルノアールを参考にしていますが、あまりの暗さに前作の冒頭を観た配給元の重役は激怒したとか。
実は台本に見当たらない、あの名セリフ
あらすじはイタリア系移民の三男坊であるマイケル・コルレオーネが、抗争に巻き込まれた父に替わり、忌み嫌っていた家業(マフィア)のボスになる前作に続き、若き日の父のエピソードを交えつつ、ダークな成長を遂げるストーリーです。
自由の国であるはずのアメリカで苦しむ同郷の人たちを救うために、ある種の必要悪として成長するだけでなく家族も幸せにする父に対して、組織の拡大とともに冷酷さに拍車をかけ、孤独になっていく息子というコントラストに胸が痛みます。
ギャング映画といえば銃器によるドンパチ。本作でもご多分に漏れず、魅惑の暴力シーンはありますが、それだけに留まらない魅力があります。例えばセリフ。もっとも有名なものといえば、マイケルが父から教わったという格言、“Keep your friends close, but your enemies closer.”(友達とは親しくしておけ。でも敵とはもっと親しくしろ)。アメリカン・フィルム・インスティチュートの『アメリカ映画の名セリフ トップ100』にも選ばれたセリフですが、実は台本に見当たらず、“never to act until you know everything that’s behind things”(裏に何が隠されているか分かるまで行動を起こすな)と記されています。
あのセリフなくして本作が傑作足り得たか気になるところですが、翻訳のポイントは本番セリフの“close”。思わず「閉じる」と訳しそうですが、「近しい」「親しい」という意味もあるので、葬式で故人の親類に関係を尋ねる場合、“Were you close?”(近しい間柄だったのですか?)と聞くと吉。また、クイズを出して答えが「惜しい!」ときにも“Close!”のように使います。
イタリア系によるイタリア系のための映画
映画は社会を映す鏡といわれますが、人種差別反対運動“Black Lives Matter.”(ブラック・ライヴズ・マター)の高まりを予見していたかのように、『ビッグ・シック』『ゲット・アウト』『クレイジーリッチ』『ブラックパンサー』など、非WASP視点の作品が近年のアメリカではヒットしていましたが、本作も人種の映画としての側面があります。イタリア系の立場から見たアメリカが描かれていますが、人種の軋轢が顕在化したセリフがあります。
勢力拡大を目論み、WASP系の上院議員に口添えを頼んでいたが、金銭要求だけでなく、“I’ll do business with you, but the fact is, I despise your masquerade.”(ビジネスだけはしよう。でも本当のところ、お前のその仮面には身震いする)や、“…the dishonest way you pose yourself. Yourself, and your whole fucking family…”(裏では不正だらけだ。お前も、お前の家族も)と皮肉を浴びせられるマイケル。
腹立たしい言葉ですが、そこはゴッドファーザー。“We’re all part of the same hypocrisy.”(あなたも私も、結局は同じ偽善者でしょう)とニヒルに返しつつ、“But never think it applies to my family.”(でも私の家族は違います)と凄みます。
ここの翻訳のポイントはmasquerade。仮面舞踏会(masquerade ball)で知られる単語で派生語はmaskです。ちなみに三島由紀夫の小説『仮面の告白』はConfession of a Maskとなるのですが、dishonest way(不正なやり方)という語句にもご注目を。dishonestはhonestの反意語で、英文の法律文書にはhonest and sincere(正直かつ誠実)が頻出します。
子供のために汚い手を使うマイケル・コルレオーネ
本作の素晴らしさは色々ありますが、もっとも心を揺さぶられるのは家業によって引き裂かれる家族の姿を描いたところ。政府の聴聞会で裏社会のボスという事実を暴かれかけたことに対し、裏の手で乗り越えたのも束の間、妻から子どもを連れて家を出たいと告げられる場面が印象的。
マイケルは子供を連れて出ていくと告げる妻が、流産で悲観的になっていると思い込み、“I would use all my power to keep something like that from happening.”(ありとあらゆる力を尽くして俺は阻む)と引き止めます。さすが権力者でしょうか。言うことが一味違いますが、台本ではさらに高圧的。all my strength, all my cunning(どんな汚い手を使っても俺は絶対に阻む)ですが、面白いのはcunning(汚い手)という単語。台本では次の妻のセリフでも利用され、“…you with your cunning, couldn’t you figure it out.”(それだけずる賢いなら何故分からないのよ)と返します。
台本にはcunningの前にも興味深い文章があります。“I would never let it happen.”(俺の眼の黒いうちは絶対に許さん)という力強いセリフですが、letという単語は、真逆なものでいえばビートルズの曲『Let it be』があります。何も上手くいかない場合はほっておいた方が良いと聖母マリア様が教えてくれたという意味の曲です。ちなみに“I won’t let it happen.”だと「私がちゃんと監督しますから」とリーダーシップを示す言葉になります。