小さい頃、母に「漂白剤は危ないから素手で触っちゃだめよ」と教えられました。とはいえ、だめと言われると興味がわくものです。ある日、母の目を盗んで、こっそり漂白剤を使ったことがあります。
手に少し漂白剤が付いてしまい、みるみるうちに手がぬるぬるになって、「溶けてしまう」と大号泣。何事かと駆け付けた母に大げさねと笑われましたが、それ以来、“漂白剤は強い成分で危ない”というイメージを持ち続けています。
手がぬるぬるになった原因は、塩素系漂白剤によってタンパク質を主成分とする皮膚が分解されたため。すぐ洗い流せば手がどろどろに溶けることはありません。
でも、皮膚を溶かしてしまうような漂白剤は、環境に何らかの悪影響を与えてしまわないでしょうか。今回は、漂白剤が河川や海に与える影響を探ってみたいと思います。
漂白剤とはどんなもの?
そもそも漂白剤とは、化学反応によって汚れやシミなど色素を分解させる薬剤です。漂白剤は、成分によって主に3つの種類に分けられています。
塩素系漂白剤
触るとぬるぬるになる漂白剤は、塩素系と呼ばれる薬剤です。次亜塩素酸ナトリウムを主成分とし、アルカリ性が強く、つんと鼻につくにおいも特徴的です。
「まぜるな危険」とある塩素系漂白剤が「酸性タイプ」と表示のある洗剤などと合わさると、有毒なガスが発生するため、使用には注意が必要です。
酸素系漂白剤
酸素系の漂白剤には、粉末と液体の2種類があります。粉末タイプは過炭酸ナトリウム、液体タイプは過酸化水素を主成分とし、それぞれ効果が異なります。
粉末タイプは漂白力と除菌力ともに高く、弱アルカリ性です。一方、液体は弱酸性で、漂白力は塩素系や粉末タイプと比べると弱め。ただ、液体タイプは粉末タイプには使えないシルクの漂白が可能です。
過炭酸ナトリウムは炭酸ナトリウム(重曹)と過酸化水素に分解され、過酸化水素は最終的に水と酸素になります。
還元漂白剤
塩素系や酸素系で起きる酸化作用ではなく、還元作用によって、汚れを取り除く漂白剤です。還元漂白剤には除菌や殺菌効果はありません。
二酸化チオ尿素またはハイドロサルファイトを主成分とし、鉄を原因とした黄ばみ、サビに効果を発揮します。
漂白剤が河川や海にたどり着くまで
画像出典:イラスト素材|公益社団法人日本下水道協会環境教育ポータルサイト
排水溝に流れ込んだ漂白剤は、多くの場合、下水道を通って下水処理場に集約されます。
下水処理施設では、「沈砂池」「最初沈澱池」「反応タンク」「最終沈澱池」「消毒設備」の順番に汚水が浄化されていきます。
汚水処理の“味噌”となるのは、反応タンクです。クマムシ、アルセラ、イタチムシなど“活性汚泥”と呼ばれる、数マイクロメートルの微生物の固まりが、水の汚れをきれいにしてくれます。
微生物の活動を活発化させるには、たくさんの酸素が必要です。反応タンクに酸素を送り込むことで、微生物の数が増え、より効率的に汚れをきれいにします。また、酸素をあえて少なくし、リンや窒素を取り除くという“高度処理”も用いられています。
河川には自浄作用が備わっている
こうしてきれいになった水は、ようやく河川や海に流れ込みます。
ここでもう一つ知っておきたいのが、自然には自浄作用があるということ。例えば、漂白剤が直接河川に流れてしまったとしても、河川が持つ力で有害な物質は浄化されます。
まず漂白剤の成分は、大量の水によって希釈され、川底に沈殿します。その後、河川にある他の物質と化学反応が起き、成分が無害になったり、水に溶け込まないよう凝集されたりします。
ほかに、河川に生息する微生物が分解や吸収してくれることで、漂白剤の濃度は小さくなります。
下水処理と自浄作用によって、環境は守られているのです。
ただし、処理機能には限界がある
ここまで読み進めていただくと、「漂白剤は使ってもちゃんと浄化されるから大丈夫」と考えた方がいらっしゃるかもしれません。
しかし残念ながら、下水処理や自浄作用があったとしても、漂白剤を遠慮せず使っていいというわけではないのです。
環境省によると(※1)、令和元年度末時点における全国の汚水処理人口普及率は91.7%でした。処理施設別にみると、下水道(79.7%)、家庭の浄化槽(9.3%)、農業集落排水施設等(2.6%)、家庭の浄化槽(9.3%)、コミュニティ・プラント(0.2%)の順番に普及しています。
この数字をもとにすると、約1,050万人は汚水処理を利用していないことになります。また、下水道の普及率は、大都市部は高く、それ以外では低い傾向があり、24県では普及率が70%に達していません。
つまり、日本の下水処理設備はまだ完璧とはいえない状況です。
そして、汚水処理施設にも、自浄作用にも限界があります。汚れが多ければ多いほど、浄化にはたくさんの微生物と水が必要です。微生物や自然の力がきれいにできる範囲を超えてしまえば、処理は追いつきません。
地球にやさしい酸素粉末漂白剤を
殺菌効果のある漂白剤は、使い方や量によって、微生物に悪影響を及ぼすことがあります。環境のことを考えれば、使わないに越したことはないのです。
そうはいっても、汚れをきれいに取ってくれる漂白剤は暮らしには必要な存在。環境に負荷を掛けないためには、酸素系漂白剤を選ぶことから始めてみましょう。
漂白剤の漂白力は、塩素系>酸素系粉末>酸素系液体>還元の順番で、よりパワフルな効果を発揮します。
塩素系は漂白力が強すぎる故、色物やポリウレタンなどには向かず、使える素材が限られます。一方、酸素系は色物でも大丈夫。即効性はありませんが、つけおき洗いで洗浄と除菌・殺菌効果をもたらします。
洗濯だけでなく、掃除のシーンでも活用するとても万能な漂白剤です。
酸素系をおすすめするもう一つの理由は、水と結合すると、炭酸ナトリウム(重曹)と過酸化水素となり、最終的には重曹・水・酸素に分解されること。それぞれ口に入れても安心な素材で、環境への負荷も最小限にとどめることができるでしょう。
漂白剤は最小限で、TPOに応じて使い分ける
今回は漂白剤の河川や海への影響を考えてきました。
調べていく中で、下水処理の際、最後に塩素で消毒することを知りました。推定するに、漂白剤から出る塩素以上が使われているはずです。
消毒で塩素を使うことの是非については、また別の機会に調べてみようと思います。
私たち人間が排出するゴミや汚水は、自然界にとって脅威です。下水処理の技術は日々進化しているとはいえ、汚さない生活に勝るものはありません。
漂白剤は、酸素系漂白剤を基本とし、どうしても必要な時に塩素系や還元系を使うよう心がけてみましょう。
使う際は使いすぎなことが基本。小さな心がけが、微生物や自然に負担を掛けない暮らしにつながっていくはずです。
【参照サイト】公益社団法人日本下水道協会